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「日本のシンドラー」、日本が誇る外交官の存在を世界へ発信

杉原千畝氏は、八百津町出身の外交官です。彼がリトアニアに赴任していた戦時中のこと、ナチス・ドイツからひどい迫害を受けて行き場のなくなったユダヤ人が、ヨーロッパ脱出を試み、日本のビザ(通行許可証)の発行を求めました。が、当時ドイツと同盟を組んでいた日本がそれを許可するはずがありません。国のために働こうと思えば、何千人もの命を見捨てるしかなかったのです。
その時、杉原氏は、国のためにではなく、人として働くことを選びました。国の許可を得られないままに、多くのユダヤ人にビザを発給したのです。これにより、救われた命は6000人以上と言われます。ユダヤ人にとって杉原氏はまさに命の恩人です。
彼の存在とその偉業が世に明らかになったのは、平成3年のことです。杉原氏の出身地・八百津町では、彼の偉業を讃え、広く伝えようと記念館を建設しました。

同じく彼の功績を讃えるべく整備された「人道の丘公園」の一角にある記念館は、平成27年に大きくリニューアルされました。岐阜産のヒノキを使用し、伝統建築の美しさを現代風に進化させた新伝統構法でつくられた記念館は、和の趣きを前面に出しつつも、どこかモダンな印象を与えます。
館内には、杉原千畝氏の生涯や当時の文献・資料などが展示されているだけでなく、ホロコースト(大量虐殺)や戦争についての展示もなされており、学生時代、教科書からは教わらなかった歴史に触れることができます。また、訪れる外国からの来館者のために、展示の説明は日本語だけでなく、英語とヘブライ語でも表記されています。
外交官として「命のビザ」を発給した「リトアニアの執務室」も再現されています。彼がどんな気持ちでビザを発給したのか、日本の政府にどんな思いを持っていたのか、木で囲まれた穏やかな空間でその席に座って、思いを馳せてみませんか。

平成27年、命のビザ発給について描いた映画「杉原千畝 スギハラチウネ」が公開されました。その影響もあって、記念館への来館者が増えています。
八百津町では、杉原千畝氏の功績を是非後世に残したいと、彼が大量発給したビザに関する資料や文書を、ユネスコ記憶遺産に登録申請しています。彼の行いは、まさしく「記録として残すものではなく、記憶として留め続けるもの」。日本の誇る外交官の存在がもっと広く世界に発信できるといいですね。

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